
桐野夏生
기리노 나쓰오
小説家
小説家。『柔らかな頬』で直木賞、『燕は戻ってこない』で毎日芸術賞と吉川英治文学賞など多数受賞。社会の周縁に生きる人々や、暴力、欲望、ジェンダーを鋭く描く。米エドガー賞候補となった『OUT』をはじめ、海外でも高く評価されている。なお、最新作『眠れぬおまえに遠くの夜を』は韓国芸能界を舞台にした長編作品。
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日本と韓国の文学者が対話する3日間
サッカーW杯によって、日本と韓国がひとつの熱狂を分かち合った2002年。奇しくもその年を最後に、途絶えた日韓の交流がある。
日韓文学シンポジウム――故・中上健次の呼びかけによって、日本と韓国の同時代の作家たちが交流する場として始まった。第1回が開かれたのは、1992年11月。日韓の錚々たる作家、批評家たちが顔を揃え、東京で3日間にわたって議論を交わした。
その対話は、決して穏当なものではなかった。
当時の新聞には、「“違い”を改めて確認/共通の議論の場模索」(朝日新聞)、「文学観の“分断”浮き彫り」「「民族」「政治」の位相めぐり/越え難い認識差」(日本経済新聞)といった見出しが並ぶ。端的にいえば、噛み合わなかった。
バブルが崩壊し、社会の前提が大きく揺らぎ始めていた日本。一方、民主化を経て、新たな国家のかたちを模索していた韓国。政治も社会も、文学を取り巻く状況も大きく異なっていた。
では、なぜ会ったのか。なぜ、対話したのか。
「すべてはそこからはじまるはずだから」
シンポジウムの開催に尽力した翻訳者にして朝鮮文学研究者・安宇植の言葉が残されている(『すばる』1993年4月号)。当時、日本では韓国文学はまだほとんど紹介されていなかった。異なる文学との交流は、作品の紹介だけにとどまらず、やがて翻訳者や編集者といった文学を運ぶ「人」を育んだ。
交流はその後も続いたが、日韓文学シンポジウムは2002年を最後に終了する。その後、中国を加えた日中韓の枠組みへと引き継がれ、2013年まで続いたものの、諸般の事情で交流は途絶えた。
それから長い時間を経た今年初め、かつてシンポジウムに評論家として参加していた韓国の出版社の代表が来日した。その席で、ひとつの提案を受けた。
「いまこそ文学から始まる新たな交流を模索できないか」
違いを知ることから始まった交流を、どうすればその先へ進めることができるのか。シンポジウムをそのまま復活させるのではなく、互いの声に耳を澄まし、理解を深めていく「ダイアローグ=対話」へと発展させたい。私たちはそう提案し、韓国側に賛同をいただいた。
日本の読者にとって遠い存在だった韓国文学は、いまでは多くの作品が翻訳されるようになった。2024年にはハン・ガンがノーベル文学賞を受賞した。
改めて「いま」、日本と韓国の文学が出会う意味とは何だろうか。その答えは終わったときに出ていればいい。
まず会うこと。そして対話すること。
すべては、そこからはじまるはずだ。
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